ニールセン 交響曲第2番 ロ短調 「四つの気質」Op.16

ニールセン(1865~1931)は、デンマークの作曲家。こんにち演奏される作品は交響曲のほかに木管五重奏曲など数は少ないが、それらを聴けばすぐに彼が非凡な才能の持ち主であったことが分かる。すなわち、和音、旋律、管弦楽法、どれを取っても他とは明らかに異なる、みずみずしい響きがするのである。

ニールセンの交響曲第二番「四つの気質」は、彼が首都コペンハーゲン近郊の田舎の居酒屋に入った時に目にした四枚組の絵に着想を得ている。この絵というのは、当時、今でいうところの血液型性格診断やMBTIにあたる四体液説の四つの気質それぞれを人物画として表現したものであったという。四つの気質とはそれぞれ胆汁質、粘液質、憂鬱質、多血質であり、1~4楽章にはそれぞれのラテン語に由来する見慣れない形容詞が発想標語[1]として付記されている。それでは楽章ごとに見ていこう。

 

第1楽章

冒頭、二拍子のいかにも胆汁質の人間のような怒りっぽい主題(譜例4、以下T1)が現れる。

譜例4(T1)

最初中低音域に現れたこの音形は直ちに高音域に引き継がれ、さらに自由な発展を導く。一通り遊びまわると見得を切り、躓くような推移部にはいる。Cl.に現れる旋律断片(譜例5、以下M1)は受け継がれるうちに勢いを増し、やがて三拍子に転じて壮大な景色を見せる。

譜例5(M1)

だんだんとおさまっていくと、Ob.に素朴で優美な第二主題(譜例6、以下T2)が現れる。

譜例6(T2)

この旋律は、西洋的な長音階というよりも民謡的な旋法[2]の気分を多分に含んでいる。しかし、その優美な気分も長くは続かず、すぐに騒がしくなって目くるめく転調を見せる。全合奏による4度の打撃の後に、今度は壮大にT2が奏でられる。Timp.のシンコペーション[3]を合図に展開部に入る。激しい弦楽器群となめらかな木管楽器群の対比が印象的である。Vn.が入ってきたところからは主にT2を発展させる。それが終わると、管楽器による信号音を伴ったフガート[4]に入る。段々と盛り上がり、しっちゃかめっちゃかという言葉がよく似合う強奏を迎える。それが静まって一瞬T2を振り返るが、すぐに激しくなって再現部を準備する。再現部は展開部と同様に進むが幾分拡大されている。管楽器の強烈な和音から曲のまとめに入る。唐草模様のような16分音符の絡み合いを経て、最後は幾分テンションを上げたT1によって曲を閉じる。全体に気分の浮き沈みの激しい楽章である。

第2楽章

続いて2楽章は「粘液質」と題された簡単な三部形式[5]をとる田舎風のワルツ。冒頭からHr.が素朴な気分を演出する。Vn.によって提示される旋律(譜例12、以下T1)はどこか懐かしい響きを持っているが、コロコロ移り変わる調がニールセンの色を伝える。

譜例12(T1)

これが一通り展開されると中間部である。Cl.とVa.が鳥の鳴き声のような動機(譜例13、以下M1)を奏する。

譜例13(M1)

Timp.の一撃を合図に音楽は転げ落ち、もう一度T1が、今度はM1を伴って帰ってくる。そのままさりげなく曲を閉じる。


第3楽章

一転して第3楽章は標語の通り憂鬱な音楽である。第1Vn.によって演奏される旋律(譜例1、以下T1)は非常に抒情的である。

譜例1(T1)

これが落ち着くと、その残骸からため息のような旋律(譜例2、以下T2)がOb.に現れる。

譜例2(T2)

これがこの楽章の中心的な旋律である。そのままこの主題を利用して頂点を迎え、それが過ぎたところでT1の断片が再来し、中間部へとつながる。Fl.に始まる中間部は様々な楽器群によって短い動機群(譜例3、以下M1)が受け継がれて進行する。

譜例3(M1)

ここにはニールセンの対位法[6]の妙を見ることができる。最後、Timp.のみが残ると再び主部に戻り、T1が管楽器を伴って力を増して帰ってくる。おおむね最初と同様に進行するが、低音にT2が現れるとにわかに緊張感を帯び、クライマックスを準備する。このクライマックスは全合奏による絶叫であり、狂気すら孕んでいる。頂点を越えると音楽は減衰の一途をたどる。最後の和音は西洋音楽のルールに反しており、迎えた安寧が絶対のものではないことを暗示する。

第4楽章

4楽章は底抜けの明るさを持っている。冒頭から高音楽器に現れる旋律(譜例17、以下T1)は平易な旋律で、前の楽章との対比が激しい。

譜例17(T1)

転調を重ねて5拍子の経過的な部分を越えると今度は低音にT1が現れる。ここでもコロコロと転調を重ね、一瞬の全休止を挟んで大音量のシンコペーションに入る。これが静まるとVn.に第2の旋律(譜例18、以下T2)が現れる。

譜例18(T2)

T1とはうって変わって洒脱な雰囲気を持ったこの旋律もすぐに転調の渦に巻き込まれ、経過的な部分に入る。ここではT1の跳ねるようなリズムが支配的である。また3楽章のM1が拡大されて現れる。漸次力を増して、締めくくりを作る。段々と落ち着いていくが、Timp.の一撃によって冒頭に戻る。いつの間にか最初とは異なる展開に入り、4回の打撃の後一瞬の全休止となる。急にテンポを落とすと、Va.にT2がとても寂しく現れる。弦楽器のみの合奏でしばらくこれを扱ったのち、なんとも不気味な終わり方をして次の部分に移る。第二Vn.に突如としてさわやかなトレモロ[7]がでると、T1とT2の両方の動機が現れ、Marziale(行進曲風に)と指示された終結部になだれ込む。オーケストラを十分に鳴らし、華々しく全曲を閉じる。


[1] 曲の冒頭や途中に書かれて、音楽の雰囲気を示すのに使われる語。イタリア語の形容詞句あるいは副詞句であることが多い。よく使われるものは限られており、「見慣れない」と書いたのはそういう意味である。
[2] 1オクターブのうちには12の半音(クラシック音楽における音程の最小単位)が含まれる。これらを並べて階段に見立てたときに、どの段を飛ばしてどの段を飛ばさないのか、というルールを定め、音階をつくる。このルールを旋法と呼ぶ。
[3] 強拍が自然な位置から外れており、躓くようになっているリズムのこと。
[4] 曲の一部に現れるフーガ風の部分のこと。フーガとは一つの旋律を複数のパートでタイミングをずらしながら重ねていく曲のことをいう。
[5]ABAのように2つのよく似た(時に全く同じ)部分が真ん中の部分を挟むような時間的構造をもつ形式。
[6] 複数の相異なる旋律を同時に演奏して音楽的充実を得る技法のこと。
[7] 同じ音を高速で何度も反復すること。
東京大学フィルハーモニー管弦楽団|公式サイト